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ハンモックとイルカ

マドレセルバの食料
退屈で気だるいスライムみたいな時間の流れの中で
唯一の変化は食事。

最初の頃は、甲板で鳴いていた生きた豚や鶏が供された。
バナナや野菜とまとめて置かれているのが
いかにもこれからの食料です感があって哀れだった。
甲板の豚
自分が持ち込んだ果物やパンは暑さですぐにいたみそうだったので、この豚にあげていた。そして、船の食事に豚肉が出て私はそれを食べた。
次は鶏たち、それらがじょじょに姿を消し、すべていなくなると、食事は野菜のみになった。

途中で一度、沿岸の村から巨大な干しパイチェ(ピラルク)を仕入れていた。
長いので数人の男たちが担いでいた。
それからしばらくはパイチェの塩煮と茹でバナナ。
ピラルクのせご飯

ご飯やバナナを川の水で煮るためか、微妙に灰色がかっている。
それもなくなると、茹でバナナとご飯だけ。
みんな時間を持て余しているので、
食事の準備をする時に素早くテキパキと動く。
給仕の人が長ーいテーブルを拭き始めるとごそごそと、しかしけっこう素早く皆がテーブルにつく。
アルミ製の給食トレイのようなものがバタバタと並べられる。普段のペルー人に見たことのない素早さ。
お腹がすいているから?

2交替で、私はいつも後組。その上食べるのが遅いので、何時も片付け係に急かされた。残すとおこられた。まずい上に暗いので何を食べているのかわからない。

貨物船は川沿いの小さな村にいちいち停泊し、灯油や食料品を売り、魚や野菜を買い込む。
けっこう大きな貨物船なのに、降りる人乗る人一人一人に対応する。
岸から懐中電灯で合図送っている人を一人も残さず拾って行く。

小型ボートで追いついて乗り降りする人もいる。
街なかの乗り合いバスのように ここで降りるわ、みたいな軽やかさで。
夜中に船を降りて、漆黒の濃密な森の中に消えて行く人たち。
村があるのだろうか。なぜあえてここに住み続けるのか。彼らにとっての何があるのか。

昼間に着岸した時、それまで銅像のようにじーっとしていた乗客たちが、
バタバタと財布片手に船から降りて行った。
どうしたどうしたと思っているうちに、みんな息を切らせて帰ってきた。
手に手にピンポン球そっくりのものが入った袋を持っている。
亀の卵らしい。
ペルー人が普段見られない素早さで動いたことを見ると、よほど美味しいのだろう。

一度シャワーを浴びている時に(この水も濁っている。なにもかも同じ河の水 煮炊きも洗濯も〇〇も )
カワイルカの群れがジャンプしながら船と平行に泳いでついてくるのを見た。
ピンクのつるっとした皮膚をキラキラ光らせて
愉快そうにジャンプしながらこちらを見てニタっと笑った(ように見えた)  
海の鯨やイルカは何度か見たことがあるが、大海の彼らより
河のピンクの小振りのイルカたちは人間に近いものに感じた。
ピンクカワイルカに関しては各地域でいろいろな伝説がある。
ジーパンを川の水で洗っていたら、トイレットペーパーとそれとセットらしきものが流れて行った。同じ水をコップに組んで子どもに飲ませている。なにもかも同じ河の水。巨大だからいいか。
昼間は、ゆで卵になったみたいに暑いのに、夜は冷えこむ。これは予想外で、船室の方に戻って、持っているものをすべてかけて寝る。ハンモックやかばんもかぶった。


同じ状態がずっと続く 我慢大会のような船上生活で
唯一の楽しみは夕暮れ時。
巨大な太陽がうす桃紫色に河の面を染めて濃緑のジャングルの陰に落ちると
風が少し動き
赤はどんどん紫に占領され、その後青紫、青、群青へと移っていく。
そしてお待ちかねの満月登場。
ショータイム。

大満月を船の航跡の上に見ながら。、、、することがない。

アマゾン夕日


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貨物船マドレセルバ

「アマゾンを5日かけて貨物船で下る」というフレーズに魅かれて計画し始めた旅。
その旅を経験した人に聞き取りをすると、泥棒だらけでハンモックまで盗まれた。毎日同じ景色で退屈で死にそうになる。」「食べるものがない。あってもきたなくてまずい。やせてしまった。ベッドはダニだらけ。」
きわめつきは「アンタ何考えてんの。身も心もボロボロになるよ。」
でも最後の人が「でも、やってみー。」と言ったので決行。
アマゾン ペルー側 プカルパ→イキトス間を
貨物船「マドレ セルバ」に乗って移動。
船着き場に数日通い、近々出航しそうな、見た目がそこそこの船を探す。
船で働く人たちに、何日後に出航するかと聞いても、
テキトーな答えしか帰ってこない。
やっと船長っぽい貫禄のおじさんをみつけ、近々出航する船をみつける。
マドレセルバpng

翌日メルカードで食料のパンや果物、水、サンダル、帽子等の買い出しをする。ハンモックは高いので迷って買わなかったが、同乗の見知らぬ家族がポンと貸してくれた。
 エルネスト・チェ・ゲバラの「モーターサイクルダイアリー」の映画のシーンとほとんど同じ風景。というか撮影場所とほぼ同じ港 だと思う。
 貨物船と言っても、さほど大きくもない船のデッキには、鈴なりの乗客がいる。この人たちと少なくとも5日間はせまい船上で運命をともにするのか。少し気がめいる。
 大河は流れがどちらに向かっているのか見た目でわからない。地図を見れば、というか地理に明るければ簡単にわかるのだが。自分はこれから5日間大河を下るのか上るのか。
下っているのか上っているのかさえわからない雄大さ。巨大な湖のようだ。

広い広い水の平面。波もなく流れもゆったり。
水の上である事を忘れてしまう。
透明感は全くなく、コーヒー牛乳の上。
そして我々の船が進んで来た 灰色がかった不透明な肌色の河と、
もう一本の透明なブラックコーヒー色の河が合流する。

ウカヤリ河とマラニョン河(たぶん)
全くそりがあわないこの二種の水は、
どこまでいっても混じり合おうとしない。
温度?成分?性質?なにかがお互いを拒絶しあっているようだ。
液体どうしでこんなにはっきり分離している様をあまり見たことがない。
後で知ったのだが、コーヒー牛乳色の水よりブラックコーヒーみたいな水の方が、腐葉土の養分がとけ込んでいて栄養があるそうだ。  
だから、水面下でも、生物の棲み方が全く異なっているのだろう。
 
甲板から見える景色は雄大で感動的である。。。

と言えたのもはじめだけで
ずーっと続く同じ景色に嫌気がさす。
かけらの変化もない。グレーの濁った川の水と、向こう岸のジャングルの濃い緑の蔭、船の航跡、
たまに、岸辺にワニが昼寝している。私もハンモックで昼寝。
白サギが水面すれすれをかすめて行く。インコのような派手な鳥が、岸に群れている。

船の中も同じだ。
同じ顔ぶれが暇を持て余している。
もうおしゃべりのネタもつきた。
顔をあわすことすら鬱陶しい。
乗船したての頃は昼も夜もポーカーで盛り上がっていた男たちも、
後半はそれすら面倒そうにぐたっとしている。
演説好きだった青年も寡黙になった。

昔大海を渡った船乗りたちは
この鬱陶しさをどうやりすごしたのだろうか。
大声を出して暴れたくなる感じ。

昼間は暑すぎて本すら読めず。
天井じゅうにぶらさげられたハンモックに横たわり
灰色の天井をボケーっと ホントにぼけーっと見ている。
正真正銘 何も考えられない。
ああ、脳がとけていく。
ハンモック

数十人がハンモックに横たわって、口を半開きにして何も考えていない風景は
人間ではなく 物が吊り下げられているように見えてくる。
 一度浅瀬に衝突しその衝撃でハンモックで寝ている人たちが皆天井にぶつかりそうになった。唯一 緊張感があった瞬間だった。

私は個室の船室もとってあったのだが、エンジンに近く、うるさい上に強烈に暑い。
シャワーとトイレだけ個室のを使って、寝るのは船上のハンモックで寝ていた。

船上の限られた空間から出られない閉塞感。
買い物も散歩もできない。
陸上の病院に入院していた時は、絶対安静で、もっと不自由だったはずなのに
それと比較にならないくらい船上の暇感には精神的に危機を感じた。
陸では何もすることがない状態はむしろ好きだったのに。なぜだろう。
私の船室

河を渡る風もなく見える景色はまったく同じ。
エンジン音も同じ。移動していることすら感じられなくなる。
お互いに見るのも飽きた顔ぶれが、限られたスペースにじーっとしている。
何もしていないのに、小さな憎しみがわいてくる。
 日が落ちてから夜だけが、暑さから解放される。
船員や乗客とピスコを飲みながらおしゃべりをしたり、後部甲板に座って月あかりに消える航跡を夜中までながめたり。
無数の流れ星、稲妻を見ていた。
満月前後だったので、船はほぼ無灯火で進む。時々ライトで岸を確認している。たまに、大きな魚が飛び込んでくる。

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命の恩犬

また一人になった。三度目だ。
ジャングルの、飽和状態に近い湿度と暑さ、
さらに恐怖と焦りからくる変な汗が 不自然なほど出る。
それでも歩く速度を落とすわけにいかず、
悪路を薄っぺらい靴で早歩きしているせいで足の裏がイタイ。血がにじむ。
こんなところで死んでも、見つけてすらもらえないだろうな。

空間に密集している虫や微生物にあっという間に分解されて、
足もとを覆いつくしている葉や小枝と混ざって
私はこの辺の腐葉土に埋もれるのだろうか。
生命体が濃密に、ひしめいている。
隙間という隙間を奪い合っている。頭上の植物もパズルのように日光の当たる所を取り合っている。
気を抜くと自分の肉体も別の生命体に吸収されそうだ。
一個の生き物として、個別に存在を維持していくためには 各細胞をまとめ上げていくエネルギーが必要だ。
しかし、逆に、バラバラになってしまってもこの森の中にいる感じが残るであろうことは、体感としてわかる。
 
アンデス高地の、空気が薄く、乾いて生き物の気配がない寂寥の空間が少し懐かしい。
ここは命がぎゅうぎゅう詰めで 窒息しそう。このせめぎ合いから逃げて一息つきたいと思った。

夕暮れの気配がしてきて、さらに焦りが押し寄せて来た。
ふと気づくと、私の前や後ろを小柄な黒い犬がついてきている。
じっとこちらの目を覗き込んでくる。
かしこそうな人なつっこい犬だ。
おそらく人間に飼われている犬にちがいない。
この犬について行けばどこか人間のいる所に出られるはず。
ついて行くしかない。

最初のおじさんと同じで、この犬もジャングルを歩き慣れていて、進むのが速い!
4足歩行はこういう立体的な悪路に圧倒的に有利だ。
自分が、動物としてずいぶん軟弱に退化していることを痛感する。

時折、道のわきの薮の中で動物の鳴き声や 動く気配があると、
犬はそれを追いかけて薮の中を走り回る。
2足歩行で軟弱で服を来ている私はもちろん藪の中に入れない。
オーイ、オーイ、イヌーと呼びながらそこでじっと戻ってきてくれるのを待っているしかない。
もう命の綱はこの犬しかないのだ。

数分すると、少し先の薮からズボっと出てきてくれる。そして再び私を引き連れてとことこ歩き出す。
それを何回かくりかえす。
犬にとっては道すがらの遊びか、うまくいけばおいしいものにありつけるかで、
とてもうれしそうに、薮に突っ込んでいく。
そのたびにこちらは戻ってきてくれるか、
どれくらい時間がかかるのか
不安で縮みあがっているのに。
私の心配すら楽しんでいるようにも見える。

でも冷静に考えたら、彼(犬)には私を助ける義理もなければ、関係もない。
たまたまさっきから同じ獣道を通っているだけである。
それでも、私がひどく遅れると様子を見に戻って来てくれるし、
小川の上にかかっている丸太を渡っている時は向こう側からじっと見ていてくれる。
人間って なんてどんくさくて不便な形をした生き物なんだと思っているのかもしれない。
私はもうこの犬を信じ、命を預けている。
そう言えば死んだおじいちゃんが戌年生まれだったなあ、なんて思いながら。

落ちそうになりながら細い丸木を渡っている時、その下の小川になぜか金魚が。
金魚ではぜったいないと思うが、金魚に見える。金魚すくいのあの金魚。
熱帯魚?幻覚?

そして、そして、やっとやっと開けた空間に出た。
人間が手を入れた広場だ。小さな村。
今まで頭上を鬱蒼と覆っていた木々がない。
青空が見える。
足もとの草 灌木がない。

ああ人間の営み。人工物がこんなにありがたいいとは。文明。家。
アマゾン小学校

高床の家の大きめ一軒は小学校。
先生がひとり、上半身裸でぼけーっと座っている。
ゆでたバナナとちょっとすえたにおいのするご飯をくれた。
ご飯は危なそうだったので、こっそり恩犬にあげる。
イヌ様、ほんとうにありがとう。感謝してもしきれません。

写真でもわかるでしょ、この犬、なんか普通じゃない目をしている。
神々しいというか凛々しい。 
恩人

ここではじめて ちゃんと道を教えてもらう。
これまではいつも「ずーっと行った所」「あーっちのほう」ぐらいしか教えてもらえなかった。
まあ、ずーっとジャングルの中だから目印や交差点があるわけではないので、 そうしか言えないし、正しいとも言えるが。

そのあとまた2時間ほど歩いて、やっと湖に出た。そこから対岸までボートに乗せてもらう。薄紫色の鏡のような湖面をボートが静かに滑って行く。一日でいちばんきれいな音のない時間。疲労と安堵感で放心状態の私。

石や穴だらけの、ほこりの舞い上がる地道だけど、
人間が作った道、しかも輪だちまである道を見て、心底ほっとした。

私はもう動物として弱すぎて、文明の圏外に出ると、一日も生きてはいけないということを痛感した。
乗り合いトラックがエンジン音を響かせ、砂埃を巻き上げやって来た時、おんぼろトラックが最先端の機械に見えた。騒音がとか排気ガスがとか悪口を言ったことを反省する。
乗り合いトラックの荷台に乗せてもらって街まで行く。
街、人間のいる所はイイ。少なくとも動物や虫たちに食べられることはないはず。
道、車、人、街 サイコー!

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ジャングル ジャングル

獣道ていどの道をひとりで半泣きになりながら歩く。
ブッシュの中では がさごそと動物の気配がする。
とにかく前に進むしかない。後ろは沼だし。
人間がいる所までなんとかたどり着かなければ。
日が暮れれば、命が危うい。今でも十分危ういけど。
お願いだから一本道であってくれ~
  ジャングル 葉

早歩きで、倒木や木の根の上をずんずん行く。
さっきのおじさんのように分厚い足の裏があれば裸足が一番歩きやすいだろう。
靴ずれなのか、変なものを踏みつけたのか、足の裏の皮がすり減ったのか、足の裏に血が滲む。
しかし、痛いと感じている余裕がない。
アマゾン 木
どのくらい歩いたのだろうか。
少し陽が傾きだした頃 少し開けた場所に出た。
小さな家が4軒ぐらいある、
ああ、人間がいる。助かった。

そこには、絵画の中に迷い込んだような独特の時間が流れていた。
屋根を葉で葺いた高床の素朴な家の縁側では、
上半身裸のふくよかな女性が、沐浴後の長く艶やかな黒髪をゆっくり梳かしている。
豚や鶏や犬や子どもが庭を駆け回っている。
小さなたき火から 細く青白い煙が ゆっくりとのぼっている。
静かな川面には夕日が反射している。
壁のない家の中にはハンモックがゆれている。

こんな絵があったなあ。
煙の匂いと、鶏の鳴き声が、なんだか懐かしい。昔こんな光景の中にいたような記憶が。。。
高床の家

たぶんこの場所しか知らず、ずっとここにいるであろう彼等の横を、
息を切らして、何かを探して小走りに行く私。

「道路はどっち?」「あとどのくらい」と聞くと、
「あっちの方、ずーっといった所」「もうちょっと」

そのあとも2回ほど、同じような 家と人があったが
私は大汗をかきながら「あと何分ぐらい?」とバカな質問。
そして答えはいつも「もうちょっと」。
この「もうちょっと」が、5分なのか、30分なのか、1時間なのか、半日なのか、
1日なのか、それとも・・・3日なのか。私にはわからない。
だれに聞いても「もうちょっと」。「もうちょっと」でかれこれ6時間ぐらい歩いている。

私は絶体絶命の窮地にいるのだが、
その一方で、実に静かでゆったりとした美しい光景にみとれていた。
おそらくここには時計というものがないのだろう。
あったとしても、存在価値を認めてもらっていないか、無視されているのだろう。 

分や秒といった単位で細切れにされていない 時間。
直線として過去から未来へ進んでいくと思い込んでいる我々の時間感覚の薄っぺらさ。  

しかし、現実はえらいことになっている私。日が暮れたら死ぬ。
「あっち」と言われるほうへ、「もうちょっと」を信じて 再び歩き出す。
村の人は、野犬に襲われるといけないからと言って長い棒を持たせてくれた。
でもその木は3mぐらいあって、枝や葉もついている。棒というより木だ。
これをひきずっていくのは無理。 
見送ってくれている村人の姿が見えなくなってから   こっそりその木を置いていく。

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カヌー少年

こんな所で誰が来るというのか。
だが、しばらくして、指笛に応えるように少年(6、7歳ぐらい?)が沼の向こう岸にひょこっと現れた。
小さいカヌーに乗ってこちらに来た。
おじさんが少年に話してくれて、向こう岸までのせてくれるみたいだ。
カヌーの少年の後ろに乗って、沼を進む。
体より大きい櫓を操って小さなカラダでカヌーを漕いでくれている。

カヌーを漕いでいる少年の後ろ姿があまりにもいじらしいのでカメラのシャッターを押した。 カシャッ
アマゾンカヌー少年


その瞬間
少年は振り向き、恐怖で引きつった顔で「それは何だ」と言う。
「カメラ」と答えたら「カメラって何だ」と言った。
向こう岸に着くやいなや、少年は後ろもふり返らず、小動物のような俊敏さででジャングルの中に逃げていった。
       
続きの道、おしえてほしかった、、、。
呼んでももう帰って来てくれない。
おじさんの姿ももうない。
あのおじさんは、純粋に親切なおじさんだったのだ。

ついにジャングルにひとりっきり。


アマゾンで迷子

ペルーのアマゾン プカルパで
ジャングルの先住民族の村を訪れるツアーをいろいろ宣伝していた。
外国人観光客用のツアーはペルーに住んでいる者にとってはとても手が出ないほど高価。

決めかねて船着き場をウロウロしていると、
サンフランシスコ村行きの乗り合いボートがあった。
ツアーの目的地の名前もサンフランシスコ村だ。
これで安く同じ場所にいける。
路線バスならぬ路線ボート。地元のおじさんおばさんたちと
小さな舟に乗り込む。値段もバス並み。

途中、乗客がここで降りる と言ったら着岸し、降りた人たちは黒緑のジャングルに消えて行く。
ボートでしか行き来できない所に住み続けるのは何があるからなのだろうか。
そんな乗り降りを繰り返した。
サンフランシスコ村で降りると乗船前に言っておいたので、ここだ と言って降ろしてくれた。
何人も降りるだろうと思っていたのに、降りたのは私だけ。

そしてついたのが、、、、、こんなとこ。
ここがペルーのサンフランシスコ村...

2、3軒の高床式の家しかない。観光客どころか人影がまったくない。

とにかく すみませーん という感じで、声を上げていると村人が出て来た。
ここはサンフランシスコですよね と村人に聞くと、
そうだけど、この辺にはサンフランシスコという村が三つある と言う。
えーー!!まさかーでしょー!
そして、このサンフランシスコは、ツアーで行くサンフランシスコとは別の村だと言う。

さて、どうやって戻るか。
のぞみ薄だが、とりあえずさっき降りた川辺の土手まで走ってもどる。
当然だが、すでにボートも航跡もエンジン音もない。
他のボートの気配もない。

村人に街までどうしたら戻れるかきいた。
川を通るボートを待って叫んでとめて乗せてもらうか、車の通る道まで歩くしかないらしい。
ボートはいつ通るかわからない。村のおじさんが車道へ行く途中まで案内してくれると言う。

ジャングルの中をおじさんと二人で歩くのは、それなりに危ない気がするが、他に選択枝がない。
村に泊まるのはもっとヤバそうだ。行くしかない。

いざという時の武器になりそうなものはカメラぐらいしかない。そのへんの石も考えたが。小さくて軽いバカチョンカメラだけど。
カメラを逆手に持って、おじさんのあとを必死でついていく。

村人は裸足で、歩くスピードがものすごく速い。飛ぶように進む。倒木の上を橋のように渡ったり、木の根を跨いだりとにかく早歩きでひょいひょい進んで行く。裸足の足の裏はでこぼこの地面を的確につかみ、ぬかるみもおかまいなし。ジャングルでは、分厚い素の足の裏が、歩くのに一番適している。素足の優秀さを初めて意識した。しかし、私の素足は軟弱になりすぎていて、数mも歩けないだろう。靴はアマゾンの複雑な形状の道には不向きだ。ぐらぐらするし、指でつかむこともできない。濡れれば気持ち悪い。自分の足元、靴がとてもマヌケに見えた。
 
 乾期のジャングルの中をほぼ駆け足でついて行く。ユカの畑、と言っても自然に生えているのと見分けのつかない自由な植え方の畑も通った。そして、林を抜けて、小さな沼にでた。絵に描いたような、沼という呼び名がぴったりの沼らしい沼である。
 ここからどうするのか。やはり、この村人は悪い人で、ここで身ぐるみ剥がされるのか。

おじさんは、指笛をならして誰かを呼んでいる。
仲間が来るのか!

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